第3節 低周波音による健康被害

 衛生工学ハンドブックは次のように述べている。「わが国で現在公害問題として提起をされている超低周波音の影響は…心身両面で更年期障害を少しひどくしたような形で現われてくる。……問題になっている地域で…どの地域でも、まるで申し合わせでもしたように、同じような症状の訴えがみられていて、超低周波音に起因する健康被害として認識すべきであろうと考えられるようになってきている。」

 汐見は低周波音による症状の特徴を次のようにまとめている。「症状は、頭痛・頭重・肩こり・胸の圧迫感・吐き気・食欲不振・めまい・手足のしびれ・不眠など、一般に不定愁訴と片付けられるであろう症状群が主体で、そのため、自律神経失調症・更年期障害・動脈硬化症などの病名を頂戴することが多い。そのうちで聴器と関係ありそうな耳痛・耳の圧迫感・耳鳴・回転性のめまいや、その他発作性頻拍・鼻出血その他の出血・失神発作・著しい体重減少などが比較的明らかな症状として浮かび上る。」

 環境庁の委託により小林理研がおこなった調査は、低周波音の実測とアンケート調査を道路橋,工場,新幹線トンネルなどの低周波音発生源を附近に持つ合計十地区でおこなっている。アンケートの集計の一部をグラフ2-8に示すが、被害の項目としては図中Q4の17項目をあげているが、戸・障子のゆれ等の他には、睡眠妨害,気分いらいら,読書の邪魔,頭痛などに訴えが多く見られる。

グラフ2-8 苦情発生率−全調査地区集計

 やはり環境庁の委託研究であるが、交通医学研究財団は、被験者を120dBの低周波音に1時間暴露するという実験をおこなっている。実験後被験者におこなったアンケートの結果(グラフ2-9)は、上の小林理研の結果と非常によく似た特徴を示している。高レベル・短時間の暴露という実際の状況とは異なった実験室実験ではあるが、現場で訴えられる症状が低周波音により引き起こされることが明らかにされた。また、この実験の被験者にはカゼをひいている者と過労の者が含まれていたが、この2人に他の被験者とは異なった激しい症状が見られたことを述べている。低周波音による被害が抵抗力の弱まっている人にあらわれやすいことを示唆するものとして興味深い。

グラフ2-9 低周波音暴露実験後のアンケート結果

 昭和52年11月1日に香芝においていわゆる「今泉事件」が発生した。これは、高架橋上のアスファルト舗装をめくる作条が二台の切削機を使っておこなわれたときに非常に大きな騒音・振動を発生した事件で、作業開始後しばらくして多数の住民に、頭痛、はき気、おう吐、目まいなどの症状があらわれ、そのうち8名が救救急者で診療所に運ばれたというものである。この事件はあたかも実験室実験のように、高レベルの低周波音を多数の住民に同時に暴露して、低周波音による諸症状をより激しい形で再確認したものと言えよう。